Sep.22, 2005

Hamilton Grade 996

[Watch Collection]

これまでご紹介してきたのは、アメリカ懐中時計の中でも23石の高級機ばかりでした。

しかし、多石ばかりが能ではありません。宝石は15石あれば実用には十分耐えますし、鉄道時計の規格を満たすとしても17石あればよし。

石数の多少に関わらず手抜きなく作られている質の高さこそが、この時代のアメリカ懐中時計が黄金時代と呼ばれる所以です。今回はそんな一品をご紹介しましょう。

Overview ―― 公認鉄道時計

Grade 996, RR, 19J, Adj.5P, GJS, DSD, OF

私とは人生の半分以上の付き合いになる(笑)別の知人がお買い上げになった一品です。

ハミルトンの懐中時計というと992や950が有名ですが、この996も歴とした"Railroad Approved"の懐中時計です。しかしその生産数は少なく、19石であるにも関わらず現在の取引価格は21石の992よりも高くなることがあります(*1)

しかし、石数だけでは計れない仕上げの良さは高級機にも引けを取るものではありません。それは、機械を見ればはっきりと解ります。

*1.

石数が少ない機械のほうが生産数が少なく、7石や11石の機械にプレミアが付くという変わったメーカー。

Overview ―― これぞアメリカ鉄道時計

視認性重視のオープンフェイス。
金張りケース。近年は状態の良いものがなかなか手に入らない。

オープンフェイスのケースも、白地に大きなアラビア数字のダイヤルも、全て視認性を最優先した公認鉄道時計の特徴です。

実用性が最優先されながらも、陶板を組み合わせたダブルサンクダイヤル、手描きのインデックス、青焼きされたスチール針など、十分に手間をかけられた造りには、それだけでも十分な味があります。

ケースは金張りですが、状態の良いものは裏側の刻印で判別しない限り、金無垢とほとんど見分けが付きません。そのため、リーズナブルなケースとして広く用いられてきました。

しかし、いかに鍍金よりはるかに厚いとはいえ、金は表面に張られているだけ。十年、二十年と使い続ければ、表面の金は磨耗し、剥がれていきます。鉄道時計として毎日使い込まれればなおのこと。紐や鎖に擦られるボウの部分やポケットに擦られる縁の部分は特に剥げ易い部分です。

そのため、製造から一世紀を経ようとする今日では、状態の良い金張りケースを探すのは次第に困難となってきています。しかもその修復は至難で、金の張り直しや鍍金などを行っても元通りすることはほとんど不可能に近いそうです。

もしもそうした金張りケースを手に入れたなら、是非とも大切に扱ってあげたいものです。

Inside ―― シンプルな機能美と造り・仕上げの良さ

ムーブメント概観。992に似たスプリットプレート。
分解中の地板。香箱の納まる部分(左上)にモーターバレルの軸受けが確認できる。
分解中の部品群(その1)
分解中の部品群(その2)

機械式時計の華はやはりムーブメント。その外観を一望してみましょう。

受板の切り方によってムーブメントの印象はかなり変わってきます。受板が完全に機械部分を覆ってしまう(*1)フルプレートに始まり、テンプ周りが切り取られた3/4(Three-Quarter)、3/4部分をさらにいくつかの部分に分けたスプリットプレート、そして軸受け同士を繋ぐ橋のようなブリッジ。受板の面積が大きいものは彫刻や模様の美しさが、機構の露出度が高いものは受けの仕上げと機構の機能美が融合したオブジェのような美しさが見所となるでしょう。

この996は992によく似たスプリットプレートのムーブメントですが、細かい点ではいくつか違いがあります。

地板の仕上げは992や950でよく見るストライプ状のパターンではなく、綾織模様となっています。シリアルNoから推定される製造年は1910年。こうした仕上げにも十分な手間がかけられた時期の一品であることを伺わせます。

歯車はゴールドトレインではなく真鍮製ですが、アームの面取りもきちんとされており、実用上十分な仕上げが施されています。

特徴的なのは、モーターバレルの軸受けに宝石を用いたジュエルド・モーターバレルを採用していることでしょう。(23石と比べると)アンクルやガンギ車の受石を欠くものの、動力源である香箱のスムースアップによって動力伝達の安定化に寄与するこの機構の採用は、より石数の多い992と比べても決して性能的に引けを取るものではないことを示しています。

*1.

調整のためか、テンプだけは受板の外に出ていることが多い。1900年以前のより古い時計に多く見られる形。

Conclusion ―― まとめ

アメリカ懐中時計というと、すぐに各メーカーを代表する高級機に目が行ってしまいがちです。もちろん、そうした高級機はその名に恥じない逸品ではありますが、アメリカ懐中時計の真髄というのは、むしろこうした普及レベルの(もっとも、当時はこのクラスでも十分高級ではあったのですが)機械にあるのではないかと思います。

素材、設計、仕上げ、いずれの面でも妥協なく作られていること。それが裏打ちする確かな性能。それが普及レベルの機械にも十分に浸透しているところが、この時代のアメリカ懐中時計が黄金時代と称される所以ではないでしょうか。

より小型化、高精度化、そして合理化へと進む時代の流れ、大恐慌や第二次世界大戦といった歴史の流れなどによって、その黄金期もやがて終焉を迎えるわけですが、かつての黄金時代をその造りでもって今なお示すこうした品を手に、往時を偲ぶのもまた一興かと思います。

ところでこの時計、お買い上げ後に、持ち主の趣味により一大カスタマイズが施される事になったのですが、それはまた別のお話。


本記事における時計の画像は、吉祥寺のアンティークショップマサズ・パスタイムさんから頂きました。
商品の紹介用に撮影されていたものを、現物の購入とともに使用を快諾していただいたものです。この場を借りて感謝いたします。

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