Apr.15, 2006

South Bend Grade 217

[Watch Collection]

一般に、アメリカ懐中時計の良さというのはその仕上げの良さとコストパフォーマンスにあると思います。解り易いところでは、高性能な多石仕様の機械を比較的手頃に手に入れることができること。しかし、それだけではありません。

今回ご紹介する時計は、そんなアメリカ懐中時計のもう一つの魅力を感じさせてくれる一品です。

サウス・ベンド(South Bend)というメーカーは1902年創業。といっても、ゼロから作られたメーカーではなく、その前身はコロンバス(Columbus W. Co.)というメーカー。スチュードベーカー家の三人(ジョージとクレメントの兄弟、そして叔父のジョン)がコロンバスを買収し、社名を変更してインディアナ州サウス・ベンドに移転させたのが始まりです。移行期にはコロンバス銘のままの時計を出荷したり、コロンバスのシリアル番号が引き継がれていたりもしていたようで、純粋にサウス・ベンドとしての製造が軌道に乗ったのは1903年になってからのようです。

総生産数は85万あまりとアメリカの時計メーカーとしては決して大規模とはいえませんし、(コロンバス時代とは異なり)最高でも21石までという控えめな仕様であったことから、知名度はそれほど高くないようです。しかし、公認鉄道時計を生産できるだけの確かな技術力を持ち、仕上げにも手抜きのないメーカーであったことは、今日に残る製品を見るだけでもよく解ります。

もっとも、良い製品を作れるだけでは生き残れないのがこの業界の厳しいところ。1929年の大恐慌の煽りを受け、その年の大晦日をもって廃業となってしまいました。

Overview ―― 上質な「普通」の時計

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South Bend Grade 217 Model.2 17J GT Adj.3P OF(Ca.1910)
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決して高級なグレードではないが、きちんと仕上げられている文字盤下。レバーセットのレバーが見える。
外見は一般的なオープンフェイスの懐中時計です。ケースは金張り。文字盤はポーセリンのダブルサンクダイアルで、インデックスは視認性に優れながらもボックス・カー(極太・ヒゲなし)ののようなドギツさのないアラビア数字と5分表示のコンビネーション。"South Bend"の筆記体も良いアクセントになっています。スチール針はイリノイの時計を髣髴とさせるプラム色に焼き上げられています。

時刻合わせはレバーセット。実際に鉄道で使われていたかどうかは定かではありませんが、きちんとした調整を受ければ、鉄道時計としても使用可能であったことでしょう。

見るだけで皆がひれ伏すような特別なものではありませんが、飾り気のない中にも筋の通った素性の良さは、当時の日常生活をさり気なく彩ってくれたことでしょう。

Movement ―― 規格を満たすだけに留まらない仕上げ

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17石ながら、公認鉄道時計としても通用するムーブメント。
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整備中の部品。分割されたブリッジのように見えた3,4番およびガンギ受けは、実は下側で繋がって一体となっている。
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輪列。組み立てられれば見ることのできない香箱にもペルラージュ(鱗模様)の仕上げが施されている。

サウス・ベンドの場合、グレード番号が奇数であればオープンフェイス、偶数であればハンターケースとなっており、ある意味では解りやすいと言えます。サイズの違いはあれどモデルは3つ、グレードは100から431までと、複雑多岐な多のメーカーに比べるとすっきりしています。

今回ご紹介するグレード217は、奇数のグレード番号が示す通りのオープンフェイスで、鉄道時計として公認もされているムーブメントです。17石、ダブルローラーやレギュレータ(微動緩急調整装置)、ミーンタイムスクリュー付きのバイメタル切りテンプ等を備えています。シリアルNoから、1910年頃に製造されたものと判ります。

しかし、単に規格を満たすだけが能ではありません。むしろ、スペックに現れない部分こそがこの時計の魅力なのだと言えるでしょう。

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決して最高級品ではない量産品でありながら、仕様と仕上げには現行品では考えられないほどのコストがかけられている。

渦巻きを彷彿とさせる曲線でカットされた受けは、ダマスキンとは違い、スイス時計のコート・ド・ジュネーヴにも似た磨きによって仕上げられ、金の入った文字と控えめに彫られた文様がアクセントとなっています。

金無垢ではないものの、くっきりと高いシャトンは丁寧にネジ止めされ、透明なサファイアと対照をなしています。また、テンプに取り付けられた数多くのチラネジは単なる飾りではなく、性能に貢献しつつより細かな微調整を可能としています。

そして最大の特長は、決して最高級とはいえない17石ながらも2番、3番、4番車が全て金製というゴールドトレインであること。大手メーカーの21~23石であっても全て金製でない機械が珍しくないことを考えると、奢った造りといえます。

Conclusion ―― まとめ

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カタログスペックには現れない仕上げの良さが醸し出すこの雰囲気こそがこの時計、ひいてはアメリカ懐中時計の見所のひとつ。

これまで主に触れてきた21~23石の高級機の仕上げが良いのは、ある意味では当然とも言えます。そして、それらがスイスの雲上ブランドに比べれば遥かに安価に入手できることが、アメリカ懐中時計の魅力のひとつであることは事実です。

そして、今回ご紹介した時計から言えるアメリカ懐中時計のもうひとつの魅力。それは、こうした普及機であっても素材や仕上げの質が高いことです。いささか逆説的ではありますが、同程度の価格で手に入るスイス等の時計には望むべくもないことです。

そうした品を手ごろな価格で手に入れられることが、アメリカ懐中が懐中時計の入門に好適であるとされる所以といえるでしょう。

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Comments

From :sada : 2007年07月19日 23:19

こんにちは。初めまして、宜しくお願いいたします。
SOTUH BEND懐中を拝見しました。
先日、SOTUH BENDを購入をしました。文字盤に花の柄が有ります。
ムーブ№603355です。何年ごろの物かも分かりません。
私は素人ですが、とても綺麗なムーブですが動いていません。文字盤のガラスと枠もありません。何か良い知恵があれば、宜しくお願いいたします。今後よろしくお願いいたします。

From :PsyonG : 2007年07月20日 17:14

>> sada さま
 こんにちは。コメントありがとうございます。

 アメリカ懐中の場合は、メーカーとシリアル番号だけでもある程度の情報を得る事が可能なことが多くあります。

 お尋ねのシリアルがSOUTH BENDの603355であったとすると、手元の資料(COMPLETE PRICE GUIDE TO WATHES)によれば「1910年製造のGrade.204、16サイズのハンターケース用3/4プレートであるModel.2ムーブメント、レバーセットで15石」といった情報までは掴む事ができます。花柄がペイントされているとすれば文字盤はファンシーダイヤルということになりますが、ヒビや欠けといった瑕がないなら相応の価値があると思います。

 さて、現状が不動品でいくらか欠損があるとの事ですが、不動の原因はゼンマイ切れから異物の侵入、軸の損傷まで色々考えられるので、これだけでは判断できません(ただし、無理矢理動かそうとする事だけは止めておいたほうが良いでしょう)。

 問題はベゼル(風防)が枠ごとなくなっていることで、ベゼルなしというのはやはり普段使いには危険であるように思います。ストックのパーツを合わせられれば良いのですが、素材からこれを作るようなことをするとかなりの出費が予想されます。

 私がよくお世話になっているお店ならばおそらく修理自体は可能だと思いますが、状況によっては出費は相当なものになる可能性もあります(上記内容のワーストケースなら10万円を軽く超える可能性もあるでしょう)。それでも特別な思い入れがあり、出費を厭わないのであれば、普段使いが可能なレベルまで修復することは可能だと思います。

 見積は無料で(遠隔地なら宅急便の送料程度は必要かも)出してもらえるので、気が向かれたら一度相談してみては如何でしょうか。不安があるようなら紹介等も含めて私もご相談には乗れると思います。

 以上、ご参考になれば幸いです。