May.20, 2006

Howard Series 0

[Watch Collection]

今回は、ハワードのシリーズ0をご紹介します。

アメリカ時計に詳しい方にはご存知の方も多いでしょうが、ハワードというメーカーは名前こそ同じながら、単純に「ハワード」と一括りにすることができません。一般に、1903年より前のものを「オールド・ハワード」、1903年以降のものを「キーストーン・ハワード」と呼んで区別しています。

シリーズ0はキーストーン・ハワードが製造したモデルで、"Edward Howard"のようなプレゼンテーション・ウォッチを別にすれば最高と言って良いグレードのモデルです。

この時計について調べていくと、この時期のアメリカにおいてもブランドとでもいうべきものが存在していたことを伺い知ることができます。そうした背景を覗き見ることができるのも、こうしたアンティークの楽しみの一つと言えるでしょう。

History ―― オールド・ハワードとキーストーン・ハワード

アメリカ時計産業の黎明にその名を記すエドワード・ハワードが時計メーカーを創業して半世紀余り。会社自体は曲折の末、1881年に"E. Howard Watch and Clock Co."と改名しています(創業者のエドワード・ハワードはその翌年にリタイア)。

当時のアメリカでは、"E.Howard & Company, Boston."は高級時計の代名詞として認知されていたようです。しかし、大量生産へと移行する他のメーカーと違いすぎる路線が仇となったのか、次第に事業は行き詰まっていきました。

そして1903年、"Keystone Watch Case Co."、すなわちキーストーンが「(懐中)時計に"E.Howard"の名を冠する権利」を取得します(*1)。以後、キーストーンは「ハワード」の名で懐中時計の生産に乗り出すことになります。これがキーストーン・ハワードと呼ばれる所以です。

注意するべきは、キーストーンが買い取ったのは、あくまで「(懐中)時計に"E.Howard"の名を冠する権利」であり、会社そのものを買収したわけではないということです。オールド・ハワードとキーストーン・ハワードの時計の違いは、買収や体制変更のように一つの組織を取り巻く環境が変わったためではなく、冠する名前が同じだけで全く別の会社であるために他なりません。

さて、今日に残る製品の評価が示すように、キーストーン自身、独力で高品質な時計を製造することは可能でした。にも関わらず、キーストーンは参入に当たってハワードの、それも名前だけを買い取ったことになります。つまり、当時のアメリカにおける「ハワード」にはそれだけのネームバリューがあったと考えるのが自然でしょう。いわゆる「ブランド」という奴です。

とはいえ、最初から完全な立ち上がりを見せたわけではないようで、キーストーン・ハワードは事業の立ち上げに際し、ウォルサムと契約して12~16サイズのムーブメントの供給を受けていました。この中には、ウォルサム-ハワードとも呼ばれるブリッジスタイルの高級ムーブメント(23石)も含まれていました。

1904年、キーストーンは"Philadelphia Watch Case Co."と統合した際、同社が1901年に取得していた"U.S. Watch Co."の工場について、その所有権を得ました。キーストーンは、1905年までにはこの工場で「ハワード」銘の懐中時計を製造するようになりました。

ある意味では、この時がキーストーン・ハワードの本当の立ち上がりなのかも知れません。

(*1.)

"E.Howard Watch and Clock Co."はその後、懐中時計に関する事業を終了し、"E.Howard Clock Co."としてクロック専業メーカーに転換した。

Overview ―― 民間向けの鉄道グレード

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Series 0, M#1907, 1912, 23J, Adj.5P, OF

レバーセットのオープンフェイス懐中時計です。

ダイアルはポーセリンのサンクダイアルで、ダブルサンクではありません。インデックスにはアラビア数字ながら少し変わった字体が使われており、純然たる鉄道用ではなさそうです。コインエッジの磨耗もない14金無垢のオリジナルケースには、その内蓋に贈り物であったことを示す文が刻まれています。

仕様としてはほぼ鉄道時計の要件を満たしますが、民間向けに販売された鉄道グレードの時計、ということができそうです。

Movement ―― 当時最新鋭のブリッジモデル

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細いブリッジ、圧入された宝石など、当時最新の要素が盛り込まれたムーブメント。ただし、ゴールドトレインは用いられていない。

細かい仕様の違いはさておき、キーストーン・ハワードの設計した16サイズのモデルは基本的に二つとされています(*1)。3/4プレート(1905)モデルとブリッジ(1907)モデルです。

シリーズ0は、後者のブリッジモデルに該当します。ブリッジモデルは19、23石の仕様で製造されていました(後に17、21石のラインナップを追加)が、シリーズ0はその23石仕様となります。

一見して目を引くのは、スイス時計のように大粒のルビーをシャトンを使わずに圧入していることでしょう(*2)。圧入を鉄道グレードの機械に大胆に採用したのはキーストーン・ハワードが初となります。

当時、圧入は低価格な時計に多く採用されていました。一種のコストダウン策だったのかも知れませんが、この方法で宝石をセットした時計は一般に品質が劣ると思われていたようです(トータルバランスや調整の問題もあるので、本来圧入が短絡的に質の悪さと結びつくわけではないのですが)。しかし、キーストーン・ハワードは圧入を取り入れながらもその謗りを免れることができました。「ハワード」の雷名もさる事ながら、圧入であっても十分な精度を確保できるだけの技術力があったがゆえでしょう。

輪列(2~4番)は真鍮製です。アメリカの高級時計と言えばゴールドトレインがお約束のように錯覚しがちですが、キーストーン・ハワードの時計では、こと鉄道時計に関する限り、ゴールドトレインを採用した例はないとされており、ゴールドトレイン好きには画竜点睛を欠くと言えなくもありません。

キーストーン・ハワードの輪列で特徴的なのは、一部に白い輪列を持つものが存在することです。灰白色の外見からニッケル製のように見えるこの歯車(無垢なのかどうかは不明)、その採用に関する法則性は研究者によっても見つけられていないそうです。具体的な性能差があるわけでもないようなので、まあ余禄といったところではないでしょうか。



(*1.)

とは言うものの、後年のSeries11,"Railroad Chronometer"のように、どちらとも違うモデルがあるような気がするのだが…。これは3/4プレートの類型と考えれば良いのだろうか?

(*2.)

初期のモデルにはシャトン留めのものがあり、全て圧入されているわけではない。

Model Variation ―― モデル内のバリエーション

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Series 0のBモデル。
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Series 0のB1モデル。いわゆる初期型のようなもので、シャトンや筆記体での刻印など、時代の変化を感じさせる違いがある。この個体には白い歯車が使われている。

同じブリッジモデルながら、シリーズ0には、さらに大きく分けて3つのモデルがあります。B1、B、そしてAの3モデルです。

これらのモデルを表す形式記号は、20世紀前半の時計材料供給業者である"C. & E. Marshall Co."が発行していたカタログが起源とされています。キーストーン・ハワードがオフィシャルに用いていたものではないようですが、その後多くの刊行物や文献でムーブメントのバリエーション識別に活用されきたため、事実上の標準として定着したようです。

さて、私の持つムーブメントは、この識別記号で言うと"B"に相当するモデルです。識別のポイントは、キーストーン・ハワードが「安全香箱(Safety Barrel)」と呼んだ独自の香箱と、鉤状になった4番車とガンギ車の受けです。

アルファベット順になっていないのがややこしいのですが、"B1"モデルは最初期のモデルで、4番車とガンギ車の受けが鉤状ではなく真っ直ぐに伸びています。

"A"モデルは、ブリッジの形こそBモデルと同じですが、香箱は特徴のない通常のもので、宝石は使われていません。香箱に宝石を使わないなら21石になってしまいますが、別の場所に2石を使って23石となっています。その場所とは、アンクルの振幅を拘束するバンキングピン(ドテピン)です。この場所が宝石になったからといって、時計の動作にどれ程の御利益があるのか、私には疑問ですが…。

Safety Barrel ―― 特許を取った香箱

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他社のどの香箱とも違う、独自設計で特許を取った香箱。香箱ひとつ取っても、これだけの機構が詰め込まれている。
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アメリカ懐中時計で多く採用されているセイフティピニオン。一見普通の歯車に見える(上)が、実はカナがネジ込み式になっており(下)、香箱が逆転したときはこれが緩む事で輪列の逆転を防ぐ。

私が、シリーズ0での最大の特徴と考える点は、その香箱です(Aモデルを除く)。キーストーン・ハワードが「安全香箱(Safety Barrel)(*1)」と呼ぶこの香箱は、一見するとハミルトンやイリノイ等が採用しているモーターバレルと同じに見えます。しかし、実際には全くの別物なのです。

この「安全香箱(Safety Barrel)」は、Walter B. Mehlという人物が1908年に特許を取得(申請は1906年)した機構です。軸受けに宝石を配するその外見はモーターバレルに似ていますが、香箱と軸(ホゾ)が一体化しているモーターバレルとは異なり、軸自体もいくつかの部品からなっています。この結果、セイフティピニオンを不要とすることに成功しました。

セイフティピニオンとは、二番車のピニオン(カナ)に採用されている機構で、ピニオンの内側にネジが切ってあり、ボルトにナットを留めるような形で二番車に組み付けられています。

「セイフティ」というのは、これがゼンマイ切れの際に働くフェイルセーフ機構であるためで、ゼンマイが切れた反動で香箱が逆転した際、ピニオン自体が緩む方向に回転することで、輪列を逆転させないようになっています。

キーストーン・ハワードの「安全香箱」は、この逆転防止機構を香箱内に収めることでセイフティピニオンを不要としただけでなく、モーターバレルのように軸受に宝石を用いることで動作抵抗を低減し、なおかつ宝石が外から見えることでルックスにもプラスとして働くという一石三鳥の機構であるわけです。

一つの部品にこれだけの知恵が詰まっていることには驚かされますが、だとするとこの香箱を敢えて使わずにバンキングピンなんぞを宝石にしたAモデルの存在価値って一体…?

(*1.)

「安全香箱(Safety Barrel)」という名称はウォルサムにもあるが、こちらはまた別のもの。通常の香箱に似ているが、ゼンマイを収めるバレル部分と、一番車として働く歯車部分が分かれた構造になっている。

Marking ―― 仕様を示す独特の符丁

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調整内容と石数を示す矢印の刻印とシリーズ名の刻印。

ムーブメントにメーカー名やグレード名、調整内容などをマークすることは珍しくありませんが、そこに独特の符丁が盛り込まれているものはそう多くありません。

オールド・ハワードでも出荷時調整の表記に動物のマーキングを使うという特徴がありましたが、それに倣ったのかどうか、キーストーン・ハワードでも独自の符丁がマーキングされています。それが、矢印とシンボルを組み合わせたマークです。

円と組み合わされた矢印は、温度調整と5姿勢調整を示すマークで、石数によって円内にシンボルが追加されます。23石は十字、21石は星、19石は三角で、19石未満にはシンボルは付きません。

また、事実上のグレード名でもあるシリーズNoのマーキングは、"Series 0"といった表記と、No_0(アンダーバーはoの下)という表記が混在していたり、表記されていなかったりすることもあるようです。

この辺りのマーキング、扱いがあまり一貫していないのが面白くもあり、面倒なところでもあります。

Conclusion ―― まとめ

最新の機構と斬新なデザイン、そして美しい仕上げといった要素を高いレベルで備えたこの時計は、Hamilton950などと並び、20世紀初頭のアメリカ懐中時計を代表する名機のひとつと呼んでも差し支えないでしょう。「ハワード」のブランドを買い取って始まったキーストーン・ハワードですが、その名前を貶めることなく、むしろその名をさらに高めるほどの時計を作り出したことは評価されて良いと思います。

同時に、オールド・ハワードとキーストーン・ハワードの方向性の違いは、そのまま19世紀と20世紀のアメリカ懐中時計の違いにも通じるものがあります。保守的(ただし進歩していないわけではない)ながら徹底的に手間をかけて仕上げられた工芸品的な魅力が19世紀のアメリカ懐中時計の魅力ならば、先進の機構や素材、デザインを大胆に取り入れ、大量生産しながらも仕上げにもまた十分な手間をかけていた、高級工業製品的な魅力が20世紀のアメリカ懐中時計の魅力であると言えるのではないかと思います。両者の魅力は、決して単純に比較することはできません。

大恐慌から第二次大戦を経るとアメリカの時計産業は斜陽となり、かつての名機達を生み出してきたメーカーも相次いで解散したりその名をスイスに引き継がせたりしていきましたが、その名を冠する製品には、もはや昔日の輝きはありません。

キーストーン・ハワードに見る「ハワード」という名の持つ意味。それは、ブランドはブランドそれ自体だけで価値を持つのではなく、自身が不断の裏付けによってその価値を証明し続けてこそ初めて価値を認められるものだということを教えてくれているような気がします。

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Comments

From :なかた : 2006年09月12日 02:27

シリーズ0持ってます。右も左も分からないころに購入しましたが錆もみられない美品の23石です。おかげさまで由来と内容がわかりました。うちのはジュエルドバレルのB2ということになります。矢にもちゃんと十字が付いています。
ジュエルドバンキングピンの意味がわからなかったのですが、やっぱり分かりませんか。当時はアンクルの振り調整のためにピコピコ動かしたせいかなあ、と想像していたのですが。