Sep.11, 2006

Waltham Riverside Maximus

[Watch Collection]

今回手に入れたのは、ウォルサムのリバーサイド・マキシマです。

Riverside Maximus, 23J, M#1899, Adj, GJS, GT, DES, HC

日本人としては、律儀に「マキシマス」と読み上げてしまいたくなりますが、"Maximus"という語はラテン語を源としており(英語なら"Maximum")、"s"の発音はしないそうです。少なくとも、アメリカ人はそうしているとのこと。

さて、多石仕様の高級機から7石の普及機まで、ウォルサムのラインナップはサイズ、仕様とも広汎多岐に渡りますが、リバーサイド・マキシマはその中でもフラッグシップと位置づけられるグレードです。プレゼンテーション・ウォッチであるプレミア・マキシマや、ブリッジ・モデルとして知られるモデルのように極少数生産された例外はあるものの、通常のラインナップの中では最上級として位置づけられています。

ウォルサムがムーブメントに"Maximus"の名を冠するようになったのは、モデル1888(88)というスプリットプレートのムーブメントからのようです。88も19世紀末の高級機らしく、素晴らしい仕上げの機械です(なかなか手に入りませんが)。その後、後継のモデル(16サイズではモデル1899、1908)、その他のサイズにも拡がっていきます。細かい仕様の違いはありますが、同じグレードでも"Maximus"の名を冠するものは一段上の仕様、仕上げとなっているようです。

さて、能書きはこの辺にして、実物の紹介に参りましょう。

Overview ―― 一風変わった銀時計

シルバーのハンターケースにカラーダイアルという組み合わせ。

重厚とまではいかないものの、しっかりした手応えのある2オンスケース。仕上げはエンジンターン。

外見上の特徴は、スターリング・シルバーのハンターケース。デニソンの2オンスケースで、イギリスのホールマークが刻まれています。タウンマークとデイトレターを照らすと、その年代は1925年と推定されます。ムーブメントのシリアルは1907年でかなりの隔たりがありますが、他のムーブメントを入れていたような跡はありませんでした。ちょっと謎です。

文字盤はカラーダイアル。少しクリームがかった乳白色をベースにブルーのインデックスを配し、金彩のアクセントが施されたサンクダイアルです。

はっきり"Maximus"と書いてあるわけではないものの、マキシマにはマキシマ用のダイアルというものが存在するようです。このカラーダイアルがその範疇に含まれるものかどうかは解らないのですが、わざわざダイアルだけを交換した形跡もないようで、ちょっとした変り種といったところです。

Movement ―― フラッグシップと呼ばれる所以

ムーブメント。ダマスキンの華やかさやシャトンの高さもさる事ながら、面取りされた各部のネジが大きな特徴。
整備中の輪列。2,3,4番車が金製のゴールドトレイン。
文字盤下。テンプとガンギ車の伏石にダイヤが用いられている。ものによってはさらにアンクルの伏石までダイヤが入る例も。

ムーブメントは16サイズ、モデル1899です。スタイルとしては、スプリットプレートの変形と言っていいでしょう。ブリッジというには幅広の二番、三番、四番受けを彩るダマスキンの華やかさと、エッチングによって彩られた丸穴車、角穴車が特徴的です。同じモデルであっても、ヴァンガードクレセント・ストリート等のグレードと比べると、違いがよく解ります。

ネジ留めではないものの、宝石は金製のシャトンによって留められており、テンプには金製のチラネジ、ミーンタイムスクリューを備えます。この辺りは高級機なら珍しくない仕様ですが、マキシマならではと思わせるポイントは別にあります。

それはネジです。受けを留めるネジ、角穴車、丸穴車を留めるネジ、そうしたネジの一つ一つがきっちりと面取りされているのです。文字通り、ネジ一本のレベルにまでこだわった仕上げは、高級機のさらに一段上を称するだけのことはあります。

輪列は二番、三番、四番車が金製のゴールドトレイン、石数は23石で、香箱に宝石を用いるジュエルドバレルと、テンプとガンギ車の伏せ石にダイヤモンドを用いるダイヤモンド・エンドストーン。さすがは高級機、と締めくくりたいところですが、この個体には、さらにちょっとした余禄がありました。

Additional gain ―― ちょっとした余禄

今回の隠れたサプライズ、ガンギ車とアンクルの仕上げ。研磨されたアンクルと、丸みを帯びた爪石に注目。
衝撃面に研磨仕上げが施されたガンギ車。

ガンギ車とアンクルは、マキシマであっても通常のグレードとそう大差はありません。ところがこの個体に限っては、いささか状況が異なります。ガンギ車はその衝撃面に研磨仕上げが施され、アンクルは面取りと共に磨き上げられています。さらに、アンクルの爪石は一般的な角柱様のものではなく、衝撃面以外の部分にアールが付けられた、カマボコ型とでも言うべき形をしています。綺麗ではありますが、それにどのような意味があるのか?調べてみたところ、次のメリットがあるようです。

面取りとは、応力集中による破損を避けるために行うものです。素材に外部から圧力や衝撃が加わると、その内部には外力に対応する力(応力)が発生しますが、この応力は素材の角部分に集中する性質があります。結果として、角部分というのは局所的に破壊されやすく(欠け易く)なるわけです。

面取りで角をなくすことにより応力の集中が避けられ、実質的な耐久力が向上します。その面取りにも、角を平面で断つやり方と、角にアールを付けるやり方がありますが、後者の方がより効果的だとされています。つまりこの仕上げは伊達ではなく、脱進機構として衝撃にさらされるアンクルに対して、少しでもその耐久力を上げようという意図を持っていると見る事が出来ます。

ただし、これはあくまで理屈の上での話。確かに、アンクルはガンギ車やバンキングピン(ドテピン)と衝突を繰り返す部品ではありますが、面取りされていないアンクルがすぐに欠けて壊れるものかというと、そんなこともありません。しかし、精度と耐久性を追求するため、妥協なく仕上げを施していくという心意気が感じられます。

こうした仕上げは、スイスで言えばパテック・フィリップなどの高級機の一部などに見られるものだそうです。ウォルサムの機械では、プレミア・マキシマやブリッジ・モデルに採用例があるそうですが、高級機とはいえ、プレゼンテーション・ウォッチでもない機械では異例とのこと。しかし、後から部品を取り替えた形跡はなく、最初からこの仕様で製造されたことは間違いないようです。その意味では、マキシマ以上のマキシマと言っても決して過言ではないでしょう。

Conclusion ―― まとめ

マキシマ以上のマキシマとして、密かに自慢できる一品。

ウォルサム懐中時計を代表する名機と呼んでも差し支えないと思われるリバーサイド・マキシマ(とはいえ、さらに上を行くもの、特殊なものも数多いのが奥深いところですが……)。本来であればそれに相応しく、豪奢な金時計であれば完璧であったかもしれません。

しかし、一見質素な銀時計に見えてその姿は一風変わった味わいのあるカラーダイアル、そして中身は隠れた部分に一段上を行く仕上げと、なんとも奥ゆかしく、心憎い一品であると言えるのではないかと思います。

そんな一品を手に入れられた幸運を喜びたいと思います。

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Comments

From :あしなが : 2006年09月16日 02:57

いやいや、ここ数日で久々に良い記事を読みました!
やはりPsyonGさん、サスガです!こういうお話が
とっても面白いですよ~。もう、なんと言っても、
ここ最近は、雲上で高いから“そこそこ”良い・・と
いう当たり前のつまらぬお話が私には目立って、時計
趣味もアレかな・・と、がっくりしていたところでし
たので、これは待ちに待った記事!と、嬉しい限りです。

マキシマ、だれだったかの噂で、ガンギの違うのが
ある?とか聞いた事はありましたが、アンクルの面取
りがここまでの個体は初めて見ました。ウォルサムの・・
いや、アメリカ時計の中で最も磨かれているかもしれ
ませんね~どれぐらいの効果があるかは、確かに期待
ほどではないかもしれませんが、満足度は計り知れま
せん。また、ツメ石の加工も、1870年代以前のモデル
のような試みが地味ですが盛り込まれ、私もこの個体の
ファンになりました。こういうのが私の頭が最も心地よく
イメージするウォルサムですよ~。

良い記事のご提供、いつも本当にありがとうございます。

From :PsyonG : 2006年09月16日 23:20

ありがとうございます。面映くはありますが、こうしてコメントを戴けることは何にも勝る励みとなります。

アメリカ懐中も、ガンギだけならハミルトンの機械など(950とか)は結構仕上げてあったように思いますが、アンクルの仕上げがここまで凝っているのは初めて見ました。

アールの付いた爪石は単にスイス高級機の特徴と聞いていただけで、1870年以前のモデルにあったとは初めて知りました。勉強になります。19c以前の機械は、脱進機ひとつ取ってもカンブリア爆発なみにいろんな形があるようで、奥深くて危険な領域ですね(笑)。いつかは私もと憧れます。

今回のマキシマは私にとっても大満足の一品でした。頑張って手に入れた甲斐があったというものです。毎回こういう当たりがあるわけではありませんが、それぞれに見所や表情があるのがアンティークの魅力ですね。

次のネタがまだ決まってないのが心苦しいところですが、今後とも宜しくお願い致します。

From :あしなが : 2006年09月17日 00:36

PsyonGさま、ちょっと間違いがあったのでスミマセン。
1870年以前のモデルにあった云々は、ウォルサムが、
様々なアイデア(試行錯誤)で、どんな小さなことでも?
パテントを取ろうとしていた時期の部品たちについて
言おうとしていたので、ツメ石の加工があったかどうか
は私は確認していません。ただ、70年代以降は比較的
落ち着いて作り慣れた製品を作り続け、キワドイモノが
なくなるので、ツメ石の丸加工は、この時代にしては
面白いなぁ・・70年代以前の若さ見たいな印象があるなぁ

・・と、思った次第です。70年代以前のおもしろアイデアは、
ヴォ(ウォ)ードパテントの四角ローラージュエル、
ノコギリ歯、ヴァイブレーションスタッド、ストラットン
香箱、フィッツ香箱・・とかでしょうか・・マッキン
タイアコレクションにいろいろ出てて面白いですよね。

From :白苺 : 2006年12月15日 11:55

Maximusの発音調べてみましたら、マキシマスでも
良さそうでした。(発音のサイトや人名から拾って
みました。)私はスが付いた方が強そうなので
好きです(;・∀・)

ていうかサキシマスジオ(サキシマースジオ)と
言う西表島にいる蛇がいまして、私は勝手に
サキシマス、みたいでカッコいいじゃん、と悦に入って
いるだけなんですが(;・∀・)

いつも良質な記事をありがとうございます。