懐中時計の開け方
機械の鑑賞もアンティーク時計の魅力のひとつであるため、蓋を開ける機会というのは意外と多いものです。また、レバーセットの時計はその構造上、ベゼルを開けなければ時刻合わせが出来ません。そこで、ここでは蓋の開け方をご紹介しましょう。
まず、蓋がどういう閉まり方をしているかを見分ける必要があります。間違った方法で開けようとしても普通は開きませんが、それを無理矢理間違った方法で開けてしまうと、ケースが修復不能なダメージを受けることがあります。
ケースの形式見極めと開けるための手順は、だいたい次の通りです。
なお、ここでは1800年代後半以降の時計を想定しています。1800年代中盤以前のシリンダー脱進機やバージ脱進機のものなどはまた話が別なので、その点は予めご了承下さい。
0.原則・大前提
その構造上、ケースの開閉には力を要することがありますが、開いた瞬間にはその負荷が突然消えてしまいます。一歩間違えると、勢い余って機械や文字盤に損傷を与えることがありますので、力を加えなければならない場合は「ここで蓋が突然開いたらどうなるか」を考えて、「勢い余る」という事態を招かないための工夫が必要です。
原則として、
- 時計の本体は常にしっかりと握っておく
- 開ける際には極力指の力だけを使う(手首や腕の力を使わない)
1.リップを探す
蓋の縁にリップがあれば、ヒンジ付きの圧入と見てまず間違いありません。この場合は、リップを手がかりに蓋を開けることができます。
リップに手をかけて引き開けるやり方は、指先に腕の力を集中させる結果となるため、開いた瞬間に勢い余って蓋が開き過ぎ、ヒンジを傷めてしまう可能性があります。
リップを使った開け方で無難なのは、ペンダント部分を支えに利用して、親指と人差し指で押し開くようにして開けることです。ポイントは親指の使い方。人差し指はリップに当てるだけにして、親指でペンダントを押すのがポイントです。人差し指で開けようとすると、爪に負担がかかります。
ミカンの皮を剥くように、親指の爪を突き立てて引き開ける方法にも同様の問題があります。一歩間違えるとヒンジを傷めるほどに開き過ぎたり、親指を機械に突っ込んでしまう可能性があります。
親指の爪を使うならば、直感には反しますが、手の向きを逆にしましょう。爪先を上手く使って隙間を少し拡げてやれば、蓋は案外簡単に開いてくれます。爪先を使う際のコツは、一度爪を差し込んだらケースの周に沿って動かすことです。間違っても、そのまま爪でケースを引き開けようとしてはいけません(最悪の場合、爪が割れたり剥がれたりしかねません)。
どうしても開けられない場合や、爪を使いにくい女性などは、スリットの場合と同様にこじ開けを使うことになります。
いずれの場合も、空いた方の手でしっかりと時計を握っておくようにしましょう。勢い余ってすっぽ抜けた挙句落下というのでは泣くに泣けません。
2.スリットを探す
圧入蓋の場合、開けるための手がかりがリップのような張り出しではなく、スリット(切り込み)として設けられているケースがあります。リップが見つからない場合は、スリットを探してみましょう。
蓋とケース本体の継ぎ目をぐるりと一周してスリットを探します。蓋にヒンジがある場合、大抵はヒンジの反対側(正反対ではなく少々斜めの事が多い。ヒンジが6時位置とすれば1~2時位置)です。ヒンジの大半は外見上それと解る膨らみとして見つかりますが、スイスの高級ブランドなどではしばしばハイドヒンジ(隠しヒンジ)という機構になっていて、判別し難いケースもあるので注意。
もちろん、ヒンジのない圧入蓋である可能性もあります。この場合、蓋が外れた瞬間から蓋には何の支えもなくなってしまうので、扱いには慎重を要します。特にベゼルがこの方式の場合、外れたベゼルが滑ったりすると文字盤や針を傷つける可能性があるので要注意です。
さて、スリットの隙間が許せば爪を差し込んで開けることも可能ですが、隙間が小さかったり、蓋が堅い場合には「こじ開け」を使うことになります。
ただし、スリットでないところに無理矢理こじ開けを突き立てるのは絶対に止めましょう。特に、スクリュー式であるにも関わらず、蓋が傾いてねじ込まれたためにできた隙間をスリットと勘違いしないように!
スリットらしきものがどうしても見つからない場合は、無理にこじ開けを使おうとするより先に、次の「回す」ことを試してみることをお勧めします。
3.回す
蓋自体にネジが切ってある場合、リップやスリットのような手がかりはありません。蓋の縁を摘んで静かに、ゆっくりと左方向に回してみましょう。滑る場合は手を石鹸などで綺麗に洗うか、指サックをすると良いでしょう。
指だけでは回せない場合は、掌全体を使う方法もあります。蓋の縁全体を覆うように掌を押し付けながら捻ります。あくまで蓋を回す事が第一なので、押し付ける力は掌が滑らない程度にとどめ、ゆっくり、確実に回していく事がポイントです。
一度蓋が回り始め後は、それほど力は必要ないはずです(錆びていたり、傾いて締められていたりした場合はこの限りではありませんが)。静かに回していって、蓋が外れると同時に機械や文字盤、針などに接触してしまわないように気をつけましょう。
スイングアウトケース
ケースの中には、スイングアウトケースと呼ばれる少し変わった構造をしたものがあります。
ベゼルのみが開閉可能で、ヒンジ付きのホルダーに固定された機械をベゼル方向へ振り出す(スイングアウト)ようにして取り出します。裏蓋を持たないため防塵性に優れる反面、ムーブメントを鑑賞するには手間がかかる方式です。
スイングアウトケースの注意点として、物によってはムーブメントをスイングアウトする際に竜頭を引き、巻真をムーブメントから切り離す必要があることがあります(竜頭ごとスイングアウトする構造のものは不要)。これを忘れると、ケース自体が梃子として働き、巻真を折ってしまう可能性があります。また、スイングアウトの際には文字盤や針に物が当たらないよう細心の注意を払いましょう。
こじ開けの使い方
こじ開けはDIYショップなどで販売されています。場合によっては単品売りではなく、「時計電池交換セット」といったパッケージに含まれていることもあります。
ただし、使う際に「こじ開け」という名前による先入観は捨てた方が無難です。その実体は先端を尖らせた鉄板であり、ほとんど刃物に近い代物です。一歩間違えると時計を大きく傷つけたり、手を切ったりする可能性があることを常に意識しておいて下さい。
こじ開けはグリップを握るのではなく、先端ギリギリを握ります。何も考えずにグリップを握って扱うと微妙な調節ができない上に力が入り過ぎ、勢い余って時計を傷つけたり、手を切ったりすることがあります。自分の爪を延長するような感じで僅かに先端を出し、全体を包み込むように握ります。
反対の手で時計をしっかりと握ったら、スリットにこじ開けの先端を軽く差し込み、静かに力を加えて押し込んでいきます。この際、力任せにケースに突き立てると傷がつくので注意。
ある程度こじ開けが入ったら、静かに垂直方向に傾けて隙間を広げます。
スリットのある場所はあくまで手がかりに過ぎません。この場所だけに大きな隙間を開けるより、ある程度隙間ができたらケースの外周に沿ってその周辺の隙間を少しずつ拡げていく方が無理なくケースを開けることが出来ます。
ヒンジのない圧入蓋の場合、限界を超えたところで弾けるように蓋が外れます。驚いて取り落としたり、機械に接触したりしないよう、時計を極力水平に保ちつつ、慎重に扱いましょう。特にベゼルがこのタイプの場合、外れた蓋が滑って文字盤や針に傷をつける可能性があります。慎重の上にも慎重を期しましょう。
蓋にヒンジが着いている場合は、先端を引っ掛けた状態で引き開けるようにして開けても構いません。その場合は、開き過ぎでヒンジを傷めないように気を配る必要があります。
また、ひと手間を惜しまないのであれば、こじ開けの先端にナイロン袋やポリ袋の切れ端(薄いもの)を被せると効果的です。
ケースを閉めるときの注意
なお、反対にケースを閉める時は次の点に注意しましょう。
ねじ込み式の場合、きちんとねじ山が合っているかを確かめましょう。噛み合っていなかったり、蓋が傾いたりしたまま無理にねじ込むと、ねじ山が潰れてまともに閉まらなくなります。
指先だけで軽く回してみて引っかかりを感じるなら、問題がある可能性大。この時に力任せに回すのは絶対に禁物です。
ねじ込み式の蓋を綺麗に閉めるコツとしては、
- 本体を水平にし、蓋と本体を平行に保つ
- 蓋には自重以外に垂直方向の力を加えない
- 蓋の縁、対角線になる位置を指先で摘んで回す
- 蓋を載せてから、少し緩める方向に空回ししてから締めると合わせ易い
圧入の場合、縁をある程度力強く押し込むことで閉めます。中途半端なままだと突然蓋が弾けて開いてしまうことがあるので、完全に閉めてしまわなければなりません。
この時、押し込むのは蓋の縁の部分です。薄いケースで蓋の中央を押し込むと、凹んでしまう可能性があります。気をつけましょう。
蓋を上手に閉めるコツは、一点だけを強く押さえて閉めるのではなく、ある程度離れた二点に静かに力をかけていくことです。
ヒンジが6時位置にある場合は10~11時と1~2時を、ヒンジがない場合は対角線上の点を押さえると良いでしょう。