Jan.12, 2014

Voyage.02「タダビト」

[艦これ二次創作「菫色の暁」]

はじめに

 このカテゴリにある一連の記事は、『艦隊これくしょん -艦これ-』(DMM.com/角川ゲームス)の二次創作小説となります。

 なお、作中の世界観、キャラクタ等に関する解釈・表現は、あくまで個人的なものであることをお断りしておきます。

 上記を了解の上、ご清覧頂ければ幸いです。

2014/07/01追記:本文の改訂を行いました。改訂版は次のページからご覧頂けます。

ある海軍士官の帰還

「……鎮守府、か」

 営門を抜けたところで、その士官は感慨深げに建ち並ぶ建物を見渡した。

 さして高くもない上背、精悍とは言い難い顔立ち。着ているのが海軍第二種軍装でなければ、役場の隅で帳面でも繰っているのが似合いの小役人、とでも言うべき風情である。

 だが、彼が一瞬海に向けた眼差しはぞっとするほどに昏い。

 踏み出す脚は、癒えたはずの傷を明確に知覚する。

 友永幸志郎中佐。海軍病院から——否、地獄から帰ってきた男である。 


 試験の中には、わざと奇問・珍問をぶつけて想定外の事態への対処能力を見るものがあるという。

 これはそうした類の試験なのか、それとも何か精神の病気を疑われているのか。

 一人一部屋を割り当てての試問。その設問は簡潔だった。

『箱の中にあるものを描け』(15分)

 この設問に、猜疑と困惑を攪拌機にかけてぶちまけたような渋面のまま、友永は眼前の物体を凝視した。

 観音開きの扉が付いた、ミカン箱ほどの木箱。その蓋を開いてみたら、その中に鎮座していたものは、

「でち?」

…と小首を傾げた小人であった。見たところ二頭身半、女学生のようなセーラー服を身に付けている。これが子供向けのセルロイド人形、あるいは舶来のベビードールだというのならまだ救いがあったのだが、

「…でち!」

 くるりと一回転すると、『さあ描け!(ドヤァ)』とばかりに婦人俱楽部の表紙のようなポーズまで取ってみせる。

「……………」

 ほとほと困り果てた友永の耳に、隣室の騒ぎが漏れ聞こえてくる。

『貴様ァ! 俺に喧嘩を売っておるのか!? 返答次第では……斬るッ!』

『信じて下さい! 自分は!自分は大丈夫でありますッ! 自分はァァ……』

 怒声や涕泣。どうもこの試験は自分だけの特別コースではないようだ。

 もういっそ白紙を提出して帰ろうかとも思ったが、それを実行するには友永の性格は実直に過ぎたし、この名状し難いモノを描写するだけの文才も持ち合わせてはいなかった。

「(左遷の口実なら、もう少しマシなものがあるだろうに……)」

 ええい、ままよと友永は鉛筆を走らせる。一度意識を集中させれば、制限時間は瞬く間に過ぎた。ご丁寧に『バイバイでち〜』と手を振る小人を見なかった事に出来ないかと思いながら蓋を閉じると、裏返した答案用紙を机に残して退出する。

「(まぁ、これで待命仰せつかる事になるとしても……)」

 制帽を目深に被り直しながら、友永は溜息をついた。

「……ポンチ絵師で身を立てるのは、止めておいた方が良さそうだ」


 予備役編入の心配は杞憂に終わった。

 数時間後、呼び出された部屋で友永を待っていたのは鎮守府司令と参謀長であったからだ。

 開口一番、司令は告げた。

「君に、新兵器からなる戦隊を任せたい」

「新兵器、でありますか」

 友永は怪訝な表情を浮かべた。その新兵器とやらは、駆逐艦長であった自分と何の関係があるのか? そもそも戦隊司令とは将官をもって任じるものではないのか? そして先程の奇怪な試問と何か関係があるのか? 一気に噴出した疑問をどれから口にしたものか咄嗟に判断がつきかねる。

「『深海棲艦』——奴等に対抗するためには『これまでにない兵器を用いて戦争をしなければならない』。そう上層部は考えている」

「君も参加した『溟号作戦』の戦訓だ。あの作戦で我が軍は敵深海棲艦に決戦を挑み、確かに損害を与えた。だが——」

 参謀長は吐き捨てるように続けた。

「その戦果は、何の役にも立たなかったのだ」

「何ですと!?」

 思わず気色ばむ友永を、参謀長は片手を挙げて制する。

「奴等は人間ではない。一度や二度の決戦に勝ったところで厭戦気分に囚われたりはしないし、講和を仲介してくれる第三国も存在しない。対する我々は、勝ったとはいえ被害甚大——これでは国が保たない」

「実際、皇国は既に死に瀕している」

 司令は重々しく息を吐くと、壁面の地図に目を向けた。

「今や南方航路はほぼ途絶。大陸どころか半島との連絡さえ覚束ず——その意味は解るだろう」

 友永は絶句した。海外からもたらされる資源あっての『皇国』であり、その資源の窮乏こそが、一度は世界を相手に戦端を開く事も止むなしと決断した理由の大部分であったからだ。

「それで——その『新兵器』とは何なのです」

 司令は数枚の書類が綴じられた書類挟みを差し出した。

「辞令と許可証だ。記載の特秘ドックに赴き、『艦娘』を受領せよ」

鉄の揺籃

 その施設は、鎮守府の外れに設けられた隔離区画にあった。友永の記憶が確かなら、かつて新型戦艦建造のために計画されたものの、予算不足から完成の目処すら立っていなかった6号ドックの建設予定地があった辺りだ。

「ここが特秘ドックか」

 司令部への出入りよりも厳重な警備を抜け、ようやく目にしたそのドックは——空だった。なまじ巨大な空間だけに、余計にその空虚さが際立つ。

「それで、何処にあるのだ? その『カンムス』とやらは」

「これから建造するのです。ここで」

 事もなげに言ってのける案内役の従兵に、友永の口がぽかん、と開いた。

「進水どころか、起工もしていないだと!? それで一体俺に何をせよと言うのだ!」

 友永の常識では、新型艦を受領するということは艤装員長を拝命することだった。艤装員長は進水した半完成状態の船体への各種艤装を監督して竣工させ、そのまま初代艦長に就くのが通例だからだ。その常識と眼前の光景のあまりの落差は、もはや不備や手違いと言った次元の話ではない。根本的に何かが間違っている。

 憤慨する友永をよそに、従兵はドックに通じる階段を示した。

「こちらへどうぞ」

 ドックの底には、小さな祭壇が設えられていた。起工式と言われれば、そう見えなくもない。

 ややあって、ドック壁面に仮設された階段を神職風の衣装に身を包んだ一団が降りてくる。

「ではこれより、起工の儀を執り行いまする」

 個人宅の地鎮祭でももう少し参列者が多かろうに、と益体もない感想を抱く友永をよそに、神職は高らかに祝詞の奏上を始めた。

——真秀に高く尊き処と此の処を斎き定め、神招に招ぎ奉る——

 長唄のような独特の抑揚と共に滔々と続いた祝詞が終わると、神職は友永に玉串を勧めた。うろ憶えの作法を思い出しながら玉串を受け取ると、祭壇に進み、深揖ののち玉串を奉奠する。奉奠とはいえ、実際には祭壇に置くだけなのだが——

『でし』

 拝礼のために一歩下がったところで、友永は目を剥いた。あの奇妙な試問で見たのとよく似た小人が祭壇の上で、今し方自分が捧げたばかりの玉串を掲げて胸を張っていたのだ。

「中佐殿、ご拝礼を」

 傍らからのからの助言に、半日前の自分であれば軍刀の鯉口を切ったかもしれない。しかし、噴出しそうになる疑問をぐっと呑み込むと、友永は外から見れば完璧な二拝二拍手一拝の礼をとった。

『でし!』

 満足げに頷くと、小人は雀躍りしながら背後に向き直る。

『でし〜!』

『でち』『でち!』『でち』

 一体何処から沸いて出たのか、安全帽に作業服といった出で立ちの小人達が、わらわらと祭壇の後ろに集まってきた。玉串を振り回しながら祭壇上の小人が号令をかけると、一斉にドックの各所へと散っていく。事もなげにそれを見送ると、神職の一団は恭しく一礼してその場を退出していった。

「建造、開始されました。参りましょう」

 従兵に促されて、友永はドックを出る。振り返った時には、既にドックには盤木らしきものが並び始めていた。

「これは……とんでもない代物だな」

「『百聞は一見に如かず』と司令は仰っておりました」

 確かに、これを説明するのは無理だと友永は得心した。この目で一部始終を目撃した友永にしてからが、このドックに立ち入る前の自分自身を説得する術を思いつかない。

 ふと、海側に積まれた屑鉄の山に目が留まる。

「これは?」

「建造用の鋼材、その原料であります」

 その屑鉄の山の一角に無造作に転がる、ぶつ切りにされた魚のような塊に、見憶えがあった。剥げかけたペンキで大書されたカタカナの『サ』。その一文字から、屑鉄の断片が友永の脳裏で往時の形を取り戻していく。

「『サギリ』——ここにいたのか」

 思わず駆け寄って錆の浮いた鉄肌を撫でる。それはかつて友永が指揮し、苦楽を共にし、そして——死線を潜った艦、その成れの果てであった。大破しながらも辛くも帰還を果たしたが、その廃艦処分の報せを友永は海軍病院のベッドの上で聞いたのである。

「生まれ変わるのです。中佐殿の艦娘に」

 従兵の言葉は、ただの気休めか追従か、あるいは——

「俺の、艦娘……か」

 困惑、疑念、不安、猜疑、憤怒、悔恨、そして——希望。先程とは別の意味で説明のつかない絡み合った感情を抱きながら、友永は愛艦の残骸をもう一度だけ、撫でた。

「——行こう。俺にはまだ、知らねばならんことがあるようだ」

「はっ」

 踵を返す友永の背後で、玩具のような、あるいは鼓動のような鎚音が響き始めていた。

なかがき

 二回目にして、色々とやっちまった感満載です。orz

 艦娘が出ねぇってどういうことだよ!詐欺だろ!(バンバン)

 艦娘が出たら次は提督の話になるのはまだ分かるとしても、それで終わってどうする。

 7日に七草粥を食したところ翌日に風邪をひき、その翌日にはこじらせ、寝込んで起きたらもう日曜日という地獄展開。定期連載を謳っておきながらいきなりの公約破りというのは三日坊主にも程があるだろと己を鞭打っておりました。おかげで内容が迷走することしきり。

 さて、その提督ですが、今作における『提督』は中堅の海軍軍人という設定としました。イケメンでもエリートでもない叩き上げのオッサンです。それをこのシステムに馴染ませるのはやはり大変でした。「はじめての建造」だけでこの体たらく。

 早いところ「はじめての出撃」に行かないといけませんね。

 よろしければ、次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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