番外編:溟号作戦——煉獄の記憶
■はじめに
このカテゴリにある一連の記事は、『艦隊これくしょん -艦これ-』(DMM.com/角川ゲームス)の二次創作小説となります。
なお、作中の世界観、キャラクタ等に関する解釈・表現は、あくまで個人的なものであることをお断りしておきます。
上記を了解の上、ご清覧頂ければ幸いです。
2014/07/01追記:本文の改訂を行いました。改訂版は次のページからご覧頂けます。
■溟号作戦——煉獄の記憶
大気を切り裂く飛翔音。
直後、紅蓮の火の玉が視界を圧した。
「『アマギリ』轟沈ッ!」
血を吐くような見張員の報告を聞くまでもない。敵弾を受けた駆逐艦『アマギリ』は艦中央から文字通り爆発四散した。おそらく発射管の魚雷がまとめて誘爆したのだろう。
「おのれッ! 機関増速、常間隔を維持せよ!」
友永幸志郎中佐は関節が白くなるほどの力で双眼鏡を握りしめながらも、冷徹に命令を下す。彼が指揮する駆逐艦『サギリ』は、僚艦が散華した海面を踏み越えるようにして突撃を継続した。細かな浮遊物と油膜の混ざった沈降渦でしかなくなった『アマギリ』の名残に、短く敬礼を送る。
再び双眼鏡を構える友永の視界に、引き伸ばした髑髏のような異形が映る。その表面は鯱か鯨にも似て生物じみた黒光りをしているが、軍艦にも匹敵する大きさと凶悪な兵装を備えた生物などおよそ聞いた事がない。かつて酒席で『鬼畜米英何するものぞ』と気炎を上げたこともあったが、文字通りの鬼・畜生と砲火を交えているという事実は、今この瞬間においてすら何か悪い冗談のように思えてならない。
「右舷敵群接近! 巡洋艦級2、駆逐艦級3、距離6500!」
先程から砲火を浴びせてきているのは、まともな隊形も取っていない、艦隊というより『群れ』という表現が相応しい敵集団である。だが、敵の砲弾は威力こそ友永の知る艦載砲の範疇にあったが、射撃速度と精度が尋常ではなかった。奴等はまさに『生き物めいた』滑らかさで運動し、攻撃を繰り出すのだ。
仮借なく飛来する敵弾が、またしても目前をゆく僚艦の脇腹を抉る。
「『ユウギリ』被弾!」
「取舵10、後続に伝達!」
『ユウギリ』の被弾位置が機関部付近の舷側であることを見て取った友永は見張員の報告を待たず、咄嗟に指示を下していた。艦体容積の多くを占める機関部、その右半分に一挙に海水が流入すれば——果たして『ユウギリ』は急激に速度を落とし、右舷に傾斜しながら旋回に陥り始めた。取舵は当てているだろうが、焼け石に水だろう。僅かに進路を変えた『サギリ』はその左側を追い抜いていく。
「右舷、『ユウギリ』落伍していく!」
「舵戻せ。陣形に戻り、常間隔につけよ」
臨機応変な機動を交えながらも、決して陣形は崩さない。水雷戦隊の各艦が『火のような錬磨』と鍛え上げた艦隊運動の極致である。
「旗艦より信号! 『全艦発射用意』」
「水雷長!」
「目標、右舷前方敵戦艦級集団! 距離約7000、的速25」
友永の唇から小さく、念仏のような響きが漏れ始めた。その右手指は精密機械のように動き、夢に出るまで叩き込まれた各種の公式を弾いていく。それは神仏への祈りなどではなく、破壊の算術であった。
「射法並進、方位角70。雷速45、開度3、馳走深度10、魚雷諸元入力開始」
「宜候、一番、二番、三番魚雷発射管、諸元入力開始!」
小艦よく巨艦をも屠る蜂の一刺し、魚形水雷。しかし砲弾に比べればその速度はあまりに遅く、ただ発射するだけでは動目標への命中など期待できない。だが、多数の射線を槍衾となせば、そのいずれかが必ず目標に突き刺さる——
「魚雷発射準備よし!」
「旗艦、魚雷発射!」
「発射!」
相互干渉と誤爆を避けるための間隔を置きながら、圧搾空気で次々と発射される魚雷。水雷戦隊の生き残りが放つ魚雷は『サギリ』の9射線を含め、全体で50本を超える巨大な槍衾を作り上げる。これこそが、乾坤一擲の一撃として艦隊決戦を制するべく皇国海軍が研き上げてきた戦術、統制雷撃戦だった。
数分の後。
「命中! 魚雷命中ッ!」
見張員の叫び声におおっ、と艦橋がどよめく。魚雷は目標—味方戦艦戦隊と砲火を交わしていた戦艦級の大物—数体の下腹を見事に抉っていた。やや遅れて、400kg近い炸薬が立て続けに炸裂した衝撃波が海中そして艦体を伝わり、金槌で打つような硬質の振動となって友永の足裏に響く。
「やったか!?」
「敵戦艦級……主砲発砲!『こちらを見ています』ッ!」
見張員の絶叫に耳を疑ったのは友永だけではなかった。魚雷を投射した水雷戦隊は即座に変針、既に離脱しつつある。副砲ならばいざ知らず、戦艦同士の撃ち合いを放棄して突然水雷戦隊に主砲の狙いを定めるなど、およそ常識では考えられない。
——そう、『人間の』常識では。
次の瞬間、この世の終わりのような衝撃と共に友永の視界は爆炎で塗り潰された。
敵戦艦級の主砲弾は『サギリ』の艦首を叩き割っていた。瞬間的な誘爆・轟沈こそ免れたものの、全速を出していた艦の運動量に見合った抵抗を受けた破孔は瞬く間に拡大。つんのめるように艦首が水没していく。艦体に響く異音に気付いた機関科の下士官が機転を利かせて独断で全速後進をかけ、艦の行き脚を殺していなければ、そのまま沈没していただろう。
そんな『サギリ』を救ったのは、片腕片足の骨折をはじめ打撲裂傷は数知れずという満身創痍の友永が指揮した応急対策だった。ありったけの資材で前部の隔壁という隔壁を固め、手漕ぎポンプからバケツまで、あらゆる手段で昼夜兼行の排水に努めた結果、第1砲塔ごと艦前部が千切れるという損傷を受けながらも辛うじて沈没を免れた『サギリ』は、艦尾方向からの曳航が可能となった。
敵の思考は人間のそれとは根本的に異質である。およそ戦術と呼べるようなものを持たず、ただ手近な相手に喰らいつくだけ。その意味では、よろばうような速度しか出せない『サギリ』の曳航はリスクの大きい決断だったが、労るようにその姿を覆い続けてくれた雨雲のおかげで戦域からの離脱に成功する。
かくして、多数の死傷者を出し、満身創痍となりながらも生還を果たした『サギリ』。
その廃艦処分の報せを、友永は海軍病院のベッドの上で聞く事になるのである。
■補足
本章は所謂ボツ原稿です。
当初、深海棲艦との海戦で壊滅しながら『この艦では、奴等に勝てない……』的な回想シーンとして構成するつもりだったのですが、いささか思うところあってお蔵入りとなりました。本編では作戦名にその名残があります。
ミリタリーに関してはファンであってもマニアではなく、ましてオタクなどではありえない自分にとって海戦描写のテストという意味合いもあったのですが。
今後回想シーンとして使うかも、と思いきや、どうもそのままでは使えそうもない気がしてきたため、番外編として供養する事にしました。なむなむ。