Feb.09, 2014

番外編:パルプ・フィクション——ある造船士官の願望

[艦これ二次創作「菫色の暁」]

はじめに

 このカテゴリにある一連の記事は、『艦隊これくしょん -艦これ-』(DMM.com/角川ゲームス)の二次創作小説となります。

 なお、作中の世界観、キャラクタ等に関する解釈・表現は、あくまで個人的なものであることをお断りしておきます。

 上記を了解の上、ご清覧頂ければ幸いです。

パルプ・フィクション——ある造船士官の願望

 本日何度目かの衛兵の誰何に、男はうんざりした顔で身分証を掲げた。

「失礼しました、前原少佐殿!」

 最早『マエバラだよ』と訂正する気も起きず、おざなりな答礼と共に衞門を抜ける。

 前原巧海造船少佐。艦政本部第四部に所属する技官である。

 瓶底眼鏡にボサボサの頭。節制とは無縁ながら、物理的に肥満などしようがない食料事情故に中肉中背で収まっている体躯はとにかく姿勢が悪く、結果的にこれ以上ないほど軍服が似合わない。事ある毎に誰何を受ける理由の半分はそのせいだが、残る半分は目的地の機密性ゆえであった。ここから先は、誰何しない事が職務怠慢として懲罰の対象になる区域である。

 この区域にある部内呼称『M艦』なるあやしげな代物、すなわち『艦娘』の調査が現在彼に科せられた任務であった。

 真新しくはあるが、必ずしも上等とは言い難い扉をノックする。返事は早かった。

「どうぞ」

「失礼します」

 一礼して足を踏み入れた一室もまた殺風景の一語に尽きた。——ある一角を除いて。

「いらっしゃいませ」

 軍人らしい機敏さは感じさせないが、ぺこりと行儀良く頭を下げる少女。軍の規定にない制服をきっちりと着込んではいるが、それでいてなお艶やかさ感じさせるのは、菫色の色合いゆえか、パフスリーブの肩から流れるドレスにも似たシルエットのゆえか。『掃き溜めに鶴』と表現しては月並みだが、廃墟に咲く一輪の菫めいた清楚な居住まいには、その一角にだけ陽が差しているような華がある。

「お茶をお持ちしますね」

 入れ違いに出て行くその少女の後ろ姿を見送ってから、前原は部屋の主に向き直った。

「深海棲艦四隻を一蹴するような軍艦をお茶汲みに使うとは贅沢な話ですな、友永中佐殿」

「そう言われると言葉もないが、あれで本人は気に入っているようでな。お茶の淹れ方も随分上達した」

 立ち上がって前原を迎え、椅子を勧めるのは友永幸志郎中佐。艦娘『羽黒』を預かる指揮官である。外見が冴えないという点では前原といい勝負かもしれないが、対峙したときの存在感は決定的に違う。現役の―それも実戦経験者である―海軍軍人が発散する『潮気』とでも呼ぶべき雰囲気は、虚勢や演技で取り繕えるようなものではない。

 だからといって萎縮するでもなく、前原は羽黒が運んできた茶を一口すすって『ほう、旨い』と呟いてから、事もなげに切り出した。

「――魚雷の件、何とかなりそうですよ」

「そいつは良かった。自弁せよと言われたら七代先までタダ働きだ」

 安心半分、感嘆半分といった様子で友永は溜息をつく。

 魚雷は実戦でこそ撃ちっ放しの兵器であるが、推進器から各種制御装置までが一体となった精密機械でもあり、その価格は家一軒に匹敵すると言われるほどに高価である。ゆえに、訓練・演習で使用した魚雷は回収、整備の上で再利用されるものであり、その履歴を管理するための書類まで存在する。先日の『公試運転』中に『羽黒』が射耗した八本の魚雷についての辻褄合わせが懸案になっていたのはそのせいであった。

 同時に、友永は前原に密かな驚嘆の念を抱いていた。魚雷八本もの『員数合わせ』に前原が用いたであろう手管―あるいは詐術の類―への想像と、続く言葉に含まれる毒気に。

「七代どころか、七年先に皇国が残っているかどうかも怪しいところですがね」

「えぇっ!?」

「……最近ではそういうのを敗北主義と言うんだぞ」

 前原の物言いにぎょっとして身を縮こまらせた羽黒を宥めるように、友永はわざとらしく怒ってみせる。前原は苦笑すると肩を竦めた。

「あとは公試の成績表をお渡しすれば今日の用事は終わりですが、ついでに特秘ドックを覗いていきます。……ご一緒にどうですか?」

「……付き合おう」

 瓶底眼鏡越しに意味ありげな視線を送る前原に、友永は頷いた。


 つい先日『羽黒』を送り出したばかりの特秘ドックは騒音に満ちていた。既に次の艦娘の建造が始まっているらしい。

「私も、こうやって造られたんですね……」

 感慨深げにドックの底を覗き込む羽黒に、前原は鉄製の安全帽を取り上げながら声をかけた。

「こいつを被りさえすれば、中に入っても構いません。何でしたら『妖精さん』に話を聞いてみては? ……我々にはイマイチ何を言ってるのかよく解らないのですが」

「あの……」

「構わんよ。足元にも気を付けてな」

「はいっ」

 友永の頷きにいそいそと安全帽を被ると、少々可笑しみを誘う出で立ちとなった羽黒がドック内へと続く階段を降りてゆく。並んでそれを見送りながら、友永は唐突に口を開いた。

「『艦娘』とは、何だ?」

「一言で言えば――『限りなくイキモノに近い艦』ですかね」

「イキモノ? 本気で言っているのか」

 およそ技官の台詞とも思えぬ回答に、友永はまじまじと前原の顔を見直す。前原は事もなげに言葉を続けた。

「イキモノを舐めちゃいけません。ある意味では究極の機械ですよ」

 世の中には酸素魚雷より速く泳ぐ魚だって存在するんですから、と混ぜ返す前原の言わんとする事も分からないではない。なるほど最新の飛行機より速く飛ぶ鳥は存在しないだろうが、鳥や虫のサイズで自在に飛行する機械をヒトが作る事は出来ない。まだ。

「一見、『彼女』達の艦体は我々の設計した軍艦を模しているように見えますが、その造りは根本的に異なるのです」

 言いながら、前原は建造中の船体を指差す。

「例えば船体。成分そのものは我々の知る範疇―鉄、クロム、モリブデン、ニッケル、コバルト等々―にありますが、品質という点では異次元の存在です。何しろ船体そのものがほぼ一体で成形されているのですから。我々が永らく『鋲接か溶接か』で論争しているのが馬鹿馬鹿しくなりますよ」

 それは『部材の組み合わせ』という艦艇の構造上不可避であるはずの『接合部』という弱点が殆ど存在しないことを意味していた。設計上は問題ないように見えても、こうした工作上の脆弱性によって破損した軍艦は意外なほど多い。そうした弱点を持たず、かつ重量が段違いに軽いとなれば、確かにとんでもない代物である。

「さらに言えば、材質の組織構造自体も極めて特殊です。成分が同じでも、例えるなら――打ち抜きっ放しの板金と業物の日本刀くらいの違いがあるわけです。それでさらに一体構造となれば、もはや強度や重量の点では我々の艦とは比較になりません」

 過去に前原が『艦娘』になり損ねた船体でも艤装して使う、と言った理由が友永にも合点がいった。しかし、と実戦指揮官としての思考が反駁する。

「それは大した物だが、我々に整備や補修が出来るのか?」

「整備に関しては大きな問題はありませんが、修理は無理ですな」

「……おい!」

 あっけらかんとした口調で言い放つ前原に友永は目を剥いた。いくら優秀でも、補修がきかないのではとても兵器として実用に堪えるものではない。。

「正確に言えば、艦娘の『完全な』修理は建造が可能なこの特秘ドックに準ずる設備で、あの『妖精さん』にお願いするしかない、ということです。塗装や木甲板ならともかく、我々の技術で破損箇所を繕った場合、どう頑張っても応急修理にしかなりませんので」

「つまり、我々の手が入るほど性能が落ちるということか」

 Exactly(そのとおりでございます)、とばかりに前原は姿勢を正した。業腹ながら、と半ばヤケクソ気味に吐き捨てる。

「部品自体の工作精度も我々の水準とは桁違いです。余程の熟練工を使えば実現不能とは言いませんが、モノ作りの全てにおいてそんな精度を要求したら、一隻完成するまでに三十年はかかりますよ」

 感心するよりも、呆れるよりも先に、友永は一連の会話から作戦上の要点を整理していた。すなわち、補給には問題なし。整備には要注意。そして補修は重大な問題であるということであり、『兵器』としての艦娘はその運用が非常に気難しい物になるということを示唆していた。

「……成績表の数値を軒並み下方修正していた理由はそれか」

「ああ、判りましたか」

 実際の運用を考えれば、これほど綺麗な状態で全力を発揮できる機会はそうないだろう。つまり、性能の期待値はより実戦に即した数値に補正すべき、ということか。実戦指揮官としての思考でそう納得しかけた友永に、前原は複雑な表情を浮かべた。

「半分はその通りです。だが、もう半分は違います」

「どういうことだ?」

 訝しげに首を傾げる友永に、前原は表情の失せた声色で告げた。

「事実を馬鹿正直に書けば、我々は只では済まないということです。――彼女も含めて」


 ドックからの鎚音がやけに喧しく響く。

「自分で言うのも何ですが、私は出世とは縁遠い人間です。その程度の人間に調査を任せる以上、上が『艦娘』に関して期待している『報告』の程度は自ずと解るわけですよ。すなわち——」

 傾きかけた陽を映す前原の瓶底眼鏡の下の眼差しは窺い知れない。

「『ガラクタでは困る』が、『手に負えないような超兵器ではもっと困る』」

 一体何を言っているのかと訝る友永をよそに、不吉さを滲ませた声で前原は断言する。

「あの砲撃を見て確信しましたよ。どんな装備を取り揃えても、例え海軍中の砲術教官を総動員したとしても、我々に、ヒトにあんな芸当は不可能だ」

「確かにな」

 だが、だからこそ、その力はこの戦局に対する光明たりうるのではないか。そう続けようとした友永の言葉を前原は遮った。

「重巡でもあれだけの能力です。では、仮に戦艦級の『艦娘』がいたら――どうなると思いますか?」

「それは――」

『守るも攻めるも黒鐵の、浮かべる城ぞ頼みなる』。日本全国津々浦々で歌唱されている通り、戦艦とは戦力であり、抑止力であり、ある意味で国の威信そのものを象徴する存在である。最終的に破綻を来したとはいえ、太平洋における戦争を最後まで抑止し続けていたのが、この世界に二隻しか存在しない16インチ砲搭載戦艦、すなわち『極東の女皇』ナガトと『自由の真珠』メリーランドの存在であったことは疑いようのない事実のはずだ。少なくとも友永はそう理解している。

「――圧倒的だろうな、恐らく。争奪戦になれば我々は真っ先に飛ばされる、か?」

 友永のカマかけにゆっくりと首を振った前原は、小さく嗤った後、閻魔の使いのような禍々しい声で宣告した。

「内輪の取り合いで済むなら可愛いものです。そもそも、国家の命運を左右するようなモノが独自の意思を持つことを、国家が許すとお思いですか?」

 友永は周囲の景色が突然色彩を喪ったような錯覚を覚えた。海軍に身を置く者として、組織というものがまさに意思決定機関以外の全てから『意思』を剥ぎ取るために存在していることを皮膚感覚として『識っている』からだ。その意味するところは——前原の呪詛にも似た宣告はまだ続く。

「『艦娘』が我々を救う菩薩ではなく、夜叉として我々に牙を剥く――その可能性が『ない』ことを証明できる者など、恐らくこの世の何処にもいません」

 ゆえに、と前原は宣告を締め括る。

「皇国は『艦娘』を深海棲艦以上の脅威と認識し、その存在を抹消するでしょう」

「莫迦な! 現に深海棲艦の脅威は……」

「『皇国が深海棲艦によって滅ぶ』と決まったわけではありません。仮にこの国が海を喪い、戦国時代なり古墳時代なりに逆戻りしたとして、生き残った人間は一体何を始めると思いますか?」

 嘲るように歪むその口許が、友永の目にはもはや『笑い』には見えない。

「ある時点を超えてしまえば、もはや外敵の存在は関係ない。ヒトはヒト同士の殺し合いで滅びる。――文明崩壊の筋書きとしては、こちらの方がよほど蓋然性が高いと思いますな」

 一体何を観念したらこんな地獄のような結論を導けるのか。『軍人是即ち醜の御楯たれ』と明快に信じていたはずの世界が足元から音を立てて崩れるような感覚を覚えた友永は、思わず前原から視線を逸らす。


 その先に、『彼女』は佇んでいた。

 ドックの底からふと見上げたその視線が合ったのは、ただの偶然であったろう。

 だが、色彩を喪ったその世界の中で、少女が纏う柔らかくも深い菫色は色褪せていなかった。


 その瞳を揺らしながら。

 そのこころを、揺らしながら、あの時彼女は告げたのだ。

「――『わたし』を、信じて下さるのなら――」と。そう――


 呪縛から解かれたように、友永は反駁する。

「――これは我々が彼女を『信じた』からこそ、得られた成果だ」

「その通りです。なればこそ、彼女の処遇を危うくするような『事実』は有害でしかない。そうは思いませんか?」

 中指で瓶底眼鏡のブリッジを押し上げると、久しく見えなかった前原の眼差しが見て取れるようになる。これまで地獄のような未来絵図を滔々と語っていたとは思えないほど、その眼差しは理性的だった。

「解った。君の提案を容れよう」

「……有り難うございます」

 前原は安堵したようにぎこちなく笑う。そう言えば、この男の笑顔らしい笑顔を見たのは初めてかもしれない。

「成績優良。兵員不要。造修に注意を要するも指揮統率の宜しきを得れば運用可能。結論として、この度の窮状にとってはまことに有り難い拾い物である――とまぁ、こんなところですかね」

「了解した。それにしても――」

 君は常日頃からああいう危ない想像を弄んでいるのか? と問うた友永に、前原は照れ笑いじみたものを浮かべた。

「実家は昔、小さな商社をやってましてね。もっとも、航路が干上がったせいで左前になってしまいましたが」

 今日では、深海棲艦はある日突然来襲したわけではないと推測されている。少なくとも第一次世界大戦の頃には、遭難事件の中に『無差別通商破壊戦』という言葉だけでは説明の付かない記録が少なからず存在する。そうした遭難は戦後になっても無くならず、その損害は各国の通商に、そして社会へと、次第に色濃く影を落としていった。前原の生家も、その煽りを喰って潰れてしまった一軒らしい。

「荷物の詰め物が向こうの新聞やら雑誌やらの断片だったりしたわけですよ。子供の時分に、遊び半分でそいつらを拾い集めて『解読』していたらすっかりハマってしまいまして」

 著者不明、偽名変名も当たり前。紙質は粗く、印字の品質は『とりあえず活字である』という程度。だが、文字通り掃いて捨てるようなパルプの断片に綴られていたのは、ありとあらゆる空想の種だった。日本なら『少年倶楽部』の編集あたりに持ち込んでも九分九厘以上が撥ねられるであろう、他愛なく、益体もない、しかし自由奔放な空想の数々が、前原の頭には根付いている。

「『艦娘』という存在には度肝を抜かれっぱなしではありますが……何とか思考停止にだけは陥らずに済んでいますよ」

「そうか」

 友永は言葉少なに頷くが、前原に向ける眼差しに込められた意思には端倪すべからざるものがあった。

 ドックの底から戻ってきた羽黒を伴って去って行く友永。そのふたりの後ろ姿を見送りながら、前原はぽつりと呟く。

「……こういう設定は、フィクションでもお目にかかった事がないからなぁ」

 だからこそ、見極めたい。見届けたいと前原は思うのだ。ヒトと『彼女』達との関係、その結末を。

 臍曲がりで変わり者のいち造船士官が抱いたささやかな願望。それがその後の世界をどのように変えていくのか、神ならぬ身に知る術はない。


補足

 今回は番外編です。

 本来は建造から公試運転のシーンを通じて『艦娘の既存兵器に対する優位性は何か』を描くつもりでいたのですが、イマイチ情報不足の感が否めません。その辺の理屈をこねくり回しているうちに膨らんできた内容をまとめたものです。

 謎のフィールドや超素材は使っていませんが、『艦娘』はこれでも充分オーバーツとなり得るということが示せればと思っています。同時に、その制約と限界も。

 そうした視点で描くため、本編でただ「技官」と呼んでいた人物を登場させました。これが前原巧海造船少佐となります。またしてもイケメンでも何でもなかったりしますが;

 なお、ここで白状してしまいますが、「技官」という呼称は多分に今日の役所的なもので、本来「技師」と書いた方が正しいようです。——が、今更訂正しているとキリがないのでもうこのまま押し切る事にしました。そのためのパラレルワールドだ!(開き直り)

 次はいよいよ戦隊を編成して実戦を開始する予定です。お楽しみに。

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