Voyage.03「そのモノ、艦娘」
■はじめに
このカテゴリにある一連の記事は、『艦隊これくしょん -艦これ-』(DMM.com/角川ゲームス)の二次創作小説となります。
なお、作中の世界観、キャラクタ等に関する解釈・表現は、あくまで個人的なものであることをお断りしておきます。
上記を了解の上、ご清覧頂ければ幸いです。
2014/07/01追記:本文の改訂を行いました。改訂版は次のページからご覧頂けます。
■インストラクション・ワン
その日のうちから、友永幸志郎中佐に対する『集中講義』が始まった。
「——とはいえ、『艦娘』については謎が多い。軍機であるか本当に解っていないのか、その別を含めて、答えてやれんこともある」
「諒解致しました」
頷くと、鎮守府司令は『機密』『極秘』などと仰々しい朱印が押された書類挟みを差し出した。受け取った友永は中身——写真が添付された一綴りの書類に目を通す。
「我が軍の駆逐艦……細かい点はさておき、特型に見えますが」
友永が指揮していた『サギリ』の同型艦であり、諸元などの細目についても取り立てて不審な点はない。強いて言うなら諸元の数字が少々『綺麗すぎる』程度で、実物ならば条件や積載量次第で多少割引いて考えるべきところだが……
「厳密には『我が軍の』特型ではないのだが、問題はそこではない。これをたった一人の娘が操っているとしたら、どうだ?」
「……は?」
我ながら間抜けな返事だとは思いながらも、咄嗟に返す言葉が思いつかない。およそ軍艦というものは、駆逐艦にしてからが百人単位の人間でよってたかって動かすものであることは、友永にとっては常識以前の事柄だったからだ。
「一隻の軍艦をただ一人で、単座の戦闘機のごとく意のままに操る存在。それが『艦娘』だ」
友永は絶句しながら書類を繰った。確かに、最後の一枚にはセーラー服姿の娘の写真が添付されているが、今の説明がなければ『関係者の娘で高等小学校の生徒』とでも解釈するよりなかったろう。
「それで……『艦娘』とは全て、このような小娘なのですか?」
得意とは言い難い友永でも、横文字——英語では、艦は"She"すなわち女性として呼ぶ事は知っている。しかし、だからといって娘とはいささか安直すぎないか? とも思う。
「言いたい事は分かる。その辺も踏まえて当初は『艦童(かんわらべ)』と呼称してみたのだが……」
「つまりは座敷童の類ですか」
妖怪変化の類と自ら親しんだ軍艦との相関をどうにもつけかねる友永ではあったが、それを一笑に付すには既に色々なものを見過ぎていた。眉根を寄せて何とか理解にこれ努めようとする。
「発案者は『民俗学的にも正しい』と自慢たらたらだったがな、いざそう呼んでみたら『お子様云うな!』と臍を曲げて艤装岸壁に立て籠もりおった。しまいには海軍陸戦隊まで繰り出して、上を下への大騒ぎだ」
「まさにお子様そのものではありませんか」
苦々しげに溜息を吐いた司令は、呆れ返った友永の感想をわざとらしい咳払いで遮った。
「……ともあれ、無用の摩擦を回避するため決まった呼称がこの『艦娘』だ」
艦であり、娘でもあるという存在。これは想像以上に厄介な代物かもしれない。
「この先『艦婆』などが現れない事を切望したいですな」
「縁起でもない事を言わんでくれ」
皮肉混じりの友永の呟きに、司令は心底嫌そうな顔をした。
■目覚め
「……たったの二週間でこれとは、俄には信じ難いな」
今やドックを占める全長200メートルに及ばんとする船体を見渡しながら、友永は呆れたように呟いた。まだ艤装が施されていないため、未だのっぺりとした印象は拭えないが、主砲塔基部と思われる環状の構造物や艦橋構造物の基礎らしきものが見て取れる。
「主砲塔は一、二……五基、この大きさだと重巡だな。『タカオ』……いや『ミョウコウ』に似ているか」
水雷屋を自認する友永からすれば、かなりの大物といえる。得体の知れない部分は多々あれど、やはり実物を目にすると否応なく昂ぶりを覚えざるを得ない。だが、従兵はそんな友永の内心の高揚に水を差すような事を口にした。
「あとは、これが実際に『艦娘』になれるかどうかですね」
「……どういうことだ?」
怪訝な顔をする友永に、従兵はあくまで経験則なのですが、と前置きした上で続けた。
「艦の中枢である『艦娘』が現れず、そのまま建造が止まってしまう事があるのです。起工に関わる者との相性ではないか、という説もあるのですが、実際のところはよく解っておりません」
「仏作って魂入れず、か。そうなったらまた屑鉄に逆戻りなのか?」
「その場合は、我々が艤装して通常の軍艦として竣工させることになります。ドンガラとはいえ、船体としては上等ですから」
艦政本部から派遣されてきた技官が書類を繰りながら答えを引き取るが、友永は渋面をつくった。
「そんな御神籤みたいな代物で戦争せねばならんとは、いよいよ海軍も焼きが回ってきたな」
身の丈を超えた建艦計画をぶち上げてはひいこら言っているのが皇国海軍の常とはいえ、そもそも建造計画自体が成り立たないのではとても兵器として使えたものではない。
「おかげで建造資材の予算が通りませんで、色々『工夫』せざるを得なくなっております」
「——廃艦の資源化、か」
最後に触れた『サギリ』の断片。その感触を思い出しながら、友永は溜息をつく。
「過去に処分した標的艦や海没艦を回収する計画も検討されています。記念艦『ミカサ』を解体する案も出たのですが……」
「……過激派に斬られても知らんぞ」
「まさにそのような理由により、見送りとなりました」
まるで冗談に聞こえない返答にげんなりとした友永の耳に、ふと聞き覚えのある旋律が響く。
「誰だ、軍楽隊なんか寄越したのは」
「いえ、これは——中佐殿、どうやら『当たり』のようですよ」
初めて喜色を覗かせた従兵の視線を追う。目を凝らすと、甲板の一角に金管楽器を抱えたあの小人の一団が集まり、『軍艦行進曲』を演奏しているのが見て取れた。連中なりの進水式のつもりだろうか。
そして、友永は初めて『彼女』の姿を見た。
遠目で子細は判らないが、明らかにヒトのかたちをしている。艦内から現れ、おずおずと周囲を見回すその仕草は、生まれで出でた雛のそれに見えた。己が何者であるかを叫ぶより先に、必死に庇護者を求める産声のように。
我知らず、友永は号令を発していた。
「タラップ用意。総員整列!」
講義のおかげで、それが『艦娘』であることは友永にも解った。総体としてはその艦体も含めた全てが『艦娘』だということだが、その浮かべる一城にも匹敵する戦力を意のままに操るという中枢は、まさに年端もいかぬ娘にしか見えない。タラップが架けられたことで友永達の存在に気付いたか、娘はおずおずとタラップを降り始めた。
その纏いし色は、柔らかくも深い菫色。
華奢な肢体を見慣れぬ型の制服に包み、一歩を踏み出すたびに肩口に揃えられた髪がさらさらと揺れる。まずは可憐と言ってよいその姿に、誰からともなしに感嘆の吐息が漏れた。
この、ヒトのかたちをしたものは、何者なのか。
そして、自分達はそれに何を背負わせようとしているのか。
その答えはまだ何処にもない。
そんな『運命』の口火を切ることは是なのか、否なのか。戦場で極限の判断を下す時にも似た緊張が、友永の胃の腑を締め上げる。
だが、今は——
友永達が一斉に敬礼すると、娘は「ひぅっ」と息を呑んで身を縮こまらせる。涙が滲んだように心細く揺れる上目遣いの瞳を目にして、友永は唐突にお互いの共通項を理解した。互いに抱く、この出会いへの不安を。
一歩を踏み出すと、友永は問う。
「——貴艦の名を、伺えるだろうか」
娘は小さく、しかしはっきりと自らの名を告げた。
「私は……羽黒。妙高型重巡洋艦四番艦、『羽黒』です」
(——ならばせめて、自分は自分の誠を尽くすまで)
答礼を返しながら、友永はそう肚をくくる。
「ようこそ、『羽黒』。我が日本皇国海軍は、貴艦を歓迎する」
■見知らぬ、天井
片や、ヒトならざるものを受け入れ。
片や、見ず知らずのヒト達にその身を委ねる。
考えてみれば奇妙としか言いようのない合意が暗黙の了解であったかのような自然さで成立したのは、ひとえに軍艦という『モノ』に対する共通の認識が拠り所になったが故か。
羽黒に宿舎として割り当てられた一室は、良く言えば真新しく清潔、悪く言えば殺風景極まる造りだった。とはいえ、それを不審に思うような経験が彼女にはない。
(貴艦の艤装は数日中に完了する見込みだそうだ。まずは一休みしてから、此処に馴染んで貰いたい)
彼女の司令の任に就くという士官—たしか友永中佐といった—の言葉を思い返しながら、羽黒は窓辺に歩み寄る。
窓ガラスに映る、自分の姿。
開け放った窓から、望む星空。
それは今の彼女にとっての『現実』であるはずなのに、その実感はどこか遠い。
とさっ、と硬い感触のベッドに身を預けると、目に入るのは見知らぬ天井。
羽黒は、白い長手袋に包まれた右手を目の前にかざす。
「私はどうして——何のために、ここにいるのかな」
ちいさな呟きは、誰の耳にも届くことなく消えた。
■なかがき
というわけで、三回目にしてようやく序章が一区切りです。当初考えていたプロローグに相当する部分に辿り着くまでここまでかかりました。頭で考えることというのは本当に当てにならないものです。
視点を変えてとはいえ、同じ場面を二度なぞる構成はどうなのかとも思いましたが、自分なりに世界観を把握しようと煩悶した結果こうなりました。次回、実際に海に出てみれば、本作における『艦娘』のイメージがもう少しはっきり示せるのではないかと思います。
それ以外にも、史実と似て非なるこの『世界』がどのようなものなのかとか、整理しなければならない情報も多々あるので、まだまだ大変ですが。
よろしければ、次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。